校友寄稿:昆阳青木先生碑铭

昆阳青木先生碑铭

執筆:清(筆名)

2022/5/8参加了东京华人组织的「目黒―田園調布歴史文化散歩」,路过目黒不動尊(瀧泉寺),看到里面有个碑,“昆阳青木先生碑铭”。
原来这个青木昆阳是日本栽培红薯的第一人,江户时代的著名兰学者,被称为“甘藷先生”(甘藷即甘薯)。昆阳是其号。碑上铭刻了他一生的事迹。碑文超过一千字,文字清晰可辨,用汉语文言文写成,行文流畅简练,可谓佳作。

起草碑文的是编著日本第一部国语辞典《言海》,被称为日本国语学之父的大槻文彦(1847~1928)。他的祖父大槻玄沢,师从前野良沢,学习兰学。前野良沢是青木昆阳的弟子。书写碑文的是被称为“明治三笔”(明治时代的三位大书法家)之一的野村素介。题写匾额的是辻新次,明治时代的教育界元勋之一。

所以无论是碑文内容还是书法,都堪称“All star cast”,全明星阵容。此行不虚。

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碑文如下(我加了标点)。

【原文】(石碑1行60字)

昆阳青木先生碑铭

錦雞間祗候正三位勲一等男爵辻新次篆額

我邦洋学之盛,実創于昆陽青木先生矣。先生学在経済,其開洋学、植蕃藷,皆出於開物成務之意云。先生諱敦書,字厚甫,通称文蔵。昆陽其号,源姓青木氏,其先摂州多田祠官,飯倉権守末国,後,子孫住州之伝法村,為農。考諱末友,称半右衛門。移于江戸日本橋小田原街,開魚肆,称佃屋,娶医村上宗伯女。以元禄十一年五月十二日誕先生。先生幼而好学,後往京師,受業東涯伊藤先生,主躬行実践,不屑詞章。学成,帰江戸下帷八町堀,授徒。享保十一年十月末,友君病歿,服喪三年,越十五年十月,村上氏亦病歿,復服喪三年,方考妣之在病也,先生奉養看護,無所不至。其居喪,自禁酒肉,旦夕食粥,人皆感其至孝,家在町奉行与力,加藤枝直邸内,枝直視先生篤行,具状町奉行大岡忠相。忠相問先生所志,先是先生以為官宥罪囚竄海島者,在今保天寿。而島中乏穀,往往餓死。若植蕃藷則可以救之。因求其種子,試植之下総馬加村,且著《蕃藷考》,示其培法、効用。至是出其書以呈町奉行,供之大将軍之覧。乃有命求蕃藷種於薩州,植之小石川薬園,使先生培養,且官梓行其書,幷種子頒之伊豆七島、八丈島、佐渡島及諸州。我邦殖蕃藷実始于此時,享保二十年也。忠相知先生可用,命為司書吏,且請特許覧官庫之書。元文四年三月,始挙賜俸十人口。延享四年七月,任評定所儒者,賜廩米百五十苞,為世禄。明和四年二月,昇任書物奉行。初,寛永中,幕府厳禁舶齎洋書,享保五年解禁。当先生閲官庫書,見中有和蘭書,意謂得読之則必益於世。方此時,大将軍長天文之学,一日覧和蘭天文図精緻,曰:図既如此,其書之精妙可知。侍臣啓曰:青木文蔵嘗欲学之。於是命先生攻和蘭書,実寛保元年也。和蘭甲必丹,毎年従長崎来,謁大将軍。先生就其寓学。延享元年,遂往長崎,就和蘭人刻苦学修。長崎有和蘭象胥,亦禁読其書,聞先生受特命,亦就請先生,稟之幕府,命許之。象胥之得読洋書,亦始于此。先生東帰之後,将大開洋学,不幸会大将軍薨,忠相亦逝。然尚就甲必丹,矻矻匪懈,著《和蘭文字略考》《和蘭話訳文訳》等。時有中津藩医前野良沢,聞先生通和蘭書,来学。先生挙其所得,悉授之。時明和六年也。而其十月十二日病歿,年七十二。有一女,養幕府臣川口氏子三郎左衛門為嗣,配以女,七世孫泰吉,今住静岡。初,元文、寛保之間,先生奉命巡歴武、相、甲、信、豆、遠、参七州,採収民間遺書七十九部,献之;先生別所著《経済纂要》《官職略記》《刑法国字訳》《国家食貨略》《国家金銀銭譜》《昆陽漫録》《草廬雑談》等廿五部,皆写献之。官亦可以見其経済与博識矣。先生墓在武州目黒不動堂背後小邱,題曰:甘藷先生墓。都下販甘藷者,結社修理数次,馬加村民亦祠祀先生。嗚呼!先生欧学首唱之功,終致今日邦家之隆運,而其経世済時之効,亦可謂閎且遠矣。明治四十年十一月十五日,朝廷褒先生功,特贈正四位。於是有志者胥謀,将建碑於目黒不動堂前,嘱銘文彦,文彦王父玄沢,実承先生学統者。因謹録事蹟係銘曰:

先生之学 躬践実施 志之所在 経世済時 始植蕃藷 覃施全国 流人不飢 貧民足食
慧眼一瞥 知欧学要 開鑿混沌 䟽通七竅 英俊継起 研鑽拡張 学術治法 煥乎発光
朝命贈位 名溢海宇 創業垂統 沢流千古
明治四十四年十月

帝国学士院会員文学博士  大槻文彦撰

錦雞間祗候正三位勲一等男爵野邨素介書

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本文執筆者の清校友は、東京でIT業界でプロジェクト管理等に従事しています。歴史・人文・社会のことが趣味です。本文の内容は、すべて執筆者の個人的な見解であり、人大日本在線の公式見解を示すものではありません。

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2022年春のウォーキングツアー開催

2022年春のウォーキングツアー開催
去る2022年3月27日(日)に昭和の森公園にて、人大日本校友のウォーキングツアーを開催いたしました。

校友同士のオフラインコミュニケーションの一環として、コロナ感染リスクを考慮する上、散歩しながらコミュニケーションできる交流会の試みとなりました。

当日は良いお天気にも恵まれた中、東京及び千葉から校友の方々にご参加頂き、昭和の森公園で太陽の広場、太平洋一望の展望台、お花見広場、竹林、下夕田池等を一周廻り、その後九十九里浜へ太平洋の宏大さを身近く実感しました。散歩・移動の過程でお互いに日本での仕事・生活の経験談、健康管理の心得などについて話し、校友同士での交流を深める有意義な場ともなりました。

改めまして、今回ご参加頂きました校友の皆様に御礼申し上げます。

今後もコロナ感染対策に十分に留意しつつ、人大日本在線が校友交流の場としてイベントを企画いたしますので、奮ってご参加いただけますよう、宜しくお願い申し上げます。

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校友寄稿:蓝波

蓝波

執筆:小雨(筆名)

最欢快不过海鸥的叫声

最深情不过大海的拥抱

迎着海风 闭上眼睛

任海浪 载着你的心

在天海之间

自由翱翔🌊🌈

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※写真摄于东京台场海滨公园。

本文執筆者の小雨校友は、東京某大学文学部で教鞭を執っています。本文の内容は、すべて執筆者の個人的な見解であり、人大日本在線の公式見解を示すものではありません。

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校友寄稿:粉樱

粉樱

執筆:小雨(筆名)

早春的樱花

满枝的浪漫

如含羞少女的粉颜

在风中忽隐忽现🌸

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※写真摄于东京台场海滨公园。

本文執筆者の小雨校友は、東京某大学文学部で教鞭を執っています。本文の内容は、すべて執筆者の個人的な見解であり、人大日本在線の公式見解を示すものではありません。

(LINE公式アカウント【人大日本在線】での発表日:2022-03-06)

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校友寄稿:寒冬数九天地冻 腊梅一朵报春来

寒冬数九天地冻 腊梅一朵报春来

在冬天的山巅 露出春的生机
伴随着春天隐约的脚步
人大日本在线悄然诞生
看报春花那勃勃的生机
预示着春满大地的世界

值此新春佳节来临之际
祝在日人大校友们
春节快乐,万事如意!

蜡梅の花
腊梅の花

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==日本語訳==
真冬に天地を凍らせ、唐梅一輪が春を告げる

冬の山の頂上に春の気配が見える
春のおぼろげな足取りとともに
人大日本在線の公式アカウントが静かに誕生する
唐梅の生き生きとした生気を見よ
春が大地に満ちる世界を予告している

新春の佳節に際して
中国人民大学同窓の皆さん
春節、おめでとうございます。
万事思い通りであるように。
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